キャリアパワー

作文

ありがとうの一員に

埼玉県 小学校6年 S・Kさん

新学期初日。クラスの自己紹介で私は黙り込んだ。何せ最後に将来の夢を言えという。私は困ったあげ句「考え中です」と言った。みんなが夢を発表しているのに、すごくみじめだった。

家に帰って父に話すと「あせっちゃダメ」と言いながら、父がタクシー運転手になった理由を教えてくれた。
「昔から車を運転するのが好きだったからトラックかタクシーの運転手になりたかったんだよ。」
「ふーん・・・」
「でも今はタクシーの運転手でよかったと思ってるよ。足の悪いお年よりやお腹の大きな妊婦さんから『ありがとう』って言われるとすごく嬉しいからね」
つまり、やりがい、ということか。確かに『好き』だけでは仕事は続かないのかもしれない。
「ありがとうって言われると、やる気が出るの?」
「それはそうだよ。どんなつらい事も忘れちゃうね。」
父は自まん気に言った。

そんな話を今度は田舎の祖父に話した。祖父は山形県酒田市で三十年続く自転車屋を営んでいる。だが最近は大型店ができたせいで売り上げは大きく減ったらしい。その上、祖父はパンクやブレーキがこわれた時の修理をタダでやってしまうから全くお金にならない。まさに自転車操業だ。
「じいちゃん、なんでつぶれそうなのにお店やめないの?」
「それはお客さんが好きだからじゃ。パンクを直したり、一緒に自転車を選んだり。楽しいぞ。何より『ありがとう』って言われるとうれしいんだ。」
祖父は父と同じ言葉を口にした。
「じゃあ、ありがとうって言われなかったらやめちゃうの?」
祖父は少し考えて「そうかもな」と言った。

しかし、である。『ありがとう』と言われない仕事をしている人がいた。それが母だ。先日、母の勤める病院に行った時のこと。
「田村さん、おはようございます。」
そう言いながら看ご師の母は患者さんの部屋に入った。
「田村さん、今日はいいお天気ですね。」
「・・・・・・・」
「外はだんだん桜が咲いてきましたよ。もう春ですね。」
「・・・・・・・」
「お花見が楽しみですね」
「・・・・・・・」
いくら話しかけても反応はない。この時はじめて私は、母がねたきりの患者さんばかりの病棟に勤めていると知った。
「田村さん、ちょっと身体ふきますね」
母はお湯でしぼったタオルで患者さんの身体をふき始めた。途中「どうですか。気持ちいいですか」と聞いても患者さんは何も言わない。それでも母はふき続ける。ときどき自分の汗をふきながら、身体の向きを変え、背中や足、指の間までもキレイにふき上げる。
「これでおしまいです。ありがとうございました」
結局患者さんが目を覚ますことはなかった。いくら話しかけたって、何も。むしろ『ありがとう』を言ったのは母の方。こんな仕事が楽しいのだろうか?
「ねえ、ママは仕事が楽しいの?」
「えっ。なんで急にそんなこと聞くの?」
「だって患者さんは全然しゃべらないし、ひとりで何でもやって大変なだけじゃん」
帰宅した母に私はたずねた。すると母は
「ここに来る患者さんは長い間、病気とたたかってきた方たちよ。私たちは何の不自由もなく暮らしているけど、患者さんは違う。痛みや苦しみにガマンしてきたの」
「・・・・・」
「そういう人のチカラになりたいだけよ。ありがとうなんて言われなくていい。むしろ、がんばったね、ありがとう、って言ってあげたいの」
私は何も言えなかった。

それ以降、よく「はたらく」ことについて考える。お客さんの「ありがとう」に支えられる父もいれば、患者さんを「ありがとう」で支える母もいる。そんな「ありがとう」でつながる社会はステキだ。「ありがとう」があふれる毎日もすごくいい。その「ありがとう」の一員に自分もなれたらいい。父や母がそうであるように、自分も感謝の心を忘れない大人になりたい。

講 評

「はたらく」ことの喜びあるいは意味について、「ありがとう」の一言に着目しながら、考えがよく深められていました。また、「すごくみじめだった」体験を出発点として、考えが深められ、最終的に自らの目標が見定められていく、その過程が、それぞれに働く両親・祖父との会話を基軸とした形で、実に鮮やかに、また感動的に描けてもいました。